Wildcats日誌

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今日は普通の練習。入試やら、この後も卒業式やらで体育館が使えたり使えなかったりの不規則な日程が続きます。
日曜で少しゆっくり目に時間を取って「この練習のここを変えよう…」なんて話をしながら午後の練習をしていました。
隣で男子バレーの現役部員とかなり前の代までOBが大勢集まって賑やかに試合をしているのを見るとちょっと羨ましい気持ちになったり。県大はもちろん、関東大会に出たり、本高の運動部の看板をずっと支えている部だし当然と言えば当然なのかな。そういえばWildcatsもOG戦をやると言っていたような…。
 
練習の途中、切れ目がちょうど2時46分頃で、部員に促されて黙祷をしました。デジタイマーで1分を計るのがバスケ部的(苦笑)
ボランティア活動のために金曜の授業が終わった後、気仙沼に行ってきたという部員も今日は練習に参加していました。移動は夜行バスなんだろうけど疲れただろうな…。彼女は「行ってみてよかった」と言っていました。観光地として名高い松島あたりもその傷跡はまだまだ残っています。旅行で行って牡蠣小屋のおっちゃんに聞いた話も興味深いものだったしナマの体験って大切ですね。
 私は7年前、あの震災で南相馬市から埼玉に避難してきた15歳の女子生徒を担任しました。その子のしてくれた地震当日の話は生々しく、その後の彼女の生まれ故郷のことがずっと気になっていました。一度、自分の目で見てみたい、と思っていました。2年生3年生と私は彼女の担任をしなかったし、既に彼女は高校を卒業してしまっていましたが、去年の部活が年末の休みに入って暇ができたので南相馬を見に行くことにしました。北関東道から常磐道を楢葉町辺りで下りて北上した国道6号線の異様な雰囲気と、その子が合格していて入学するはずだった商業高校は百年を越える歴史を持つ学校だったにもかかわらず閉校になっていたことにショックを受けたのを思いだしました。

あのできごとは世界史の教科書に載るかもしれないできごとで、5年や10年で私たちが忘れてしまってはいけないことなんですよね。